日本航空、新AIアプリで客室乗務員の機内業務報告を効率化 ー マイクロソフトの小規模言語モデル Phi-4 を活用

A woman in a flight attendant’s uniform taps on a tablet in an airplane galley.

東京、日本 – 飛行機に乗ると、どれだけ準備をしていても、予期せぬ出来事が発生することがあります。例えば、機内で急病人が発生したりフライトが大幅に遅れたりすることがあるかもしれません。
客室乗務員がこうした出来事に対応した後、先任客室乗務員はレポートを作成し、地上スタッフに引き継ぎます。例えば、到着ゲートに車いすを準備したり、乗り継ぎ便の手配を変更したりといったフォローアップができるようにします。

しかし、内容によっては、1件の引き継ぎレポートを作成するのに1時間以上かかることもあり、その間、客室乗務員の他の業務に支障が出ることもあります。そこで、日本航空(JAL)は、客室乗務員がキーワードやフレーズを入力し、いくつかのチェックボックスを選択するだけで引き継ぎレポートを生成できるAIアプリの開発に取り組んでいます。この作業は、通信環境が不安定なフライト中の機内でも行うことが可能です。

「JAL-AI Reportは、客室乗務員の業務効率化に寄与します」と、日本航空株式会社執行役員デジタルテクノロジー本部長の鈴木啓介氏は述べています。「これにより、客室乗務員は事務作業に費やす時間を減らし、より多くの時間をお客さま対応に集中できるようになります。」 

A man in a grey suit sits at a small table by a window.
日本航空デジタルテクノロジー本部長 鈴木 啓介氏は、JAL-AI Reportがレポート作成を迅速化し、客室乗務員がお客さま対応に集中できるようになる、と述べます。写真: 林 典子

このアプリは、Microsoftの小規模言語モデル(SLM)Phi-4を活用して開発されており、一般的な大規模言語モデル(LLM)に比べて少ない計算能力でも動作するため、オフライン環境でも特定の作業のためデバイス上で実行できるのが特徴です。実証実験に参加した客室乗務員によると、このアプリを使用することで、レポートの作成時間を最大で3分の1程度に短縮できる可能性があるとのことです。

例えば、これまで1時間かかっていた作業が20分で済み、より簡単なケースでは30分から10分に短縮できるようになります。

また、ボタンを押すだけで、日本語のレポートを英語に翻訳できる機能が搭載されており、英語でレポートを作成する国際線業務での活用が期待されます。

オフライン環境での利用を想定

JALは、国内外合わせて227機の航空機を運航しており、コードシェアを含めると66の国と地域に就航しています。同社は、昨年の Skytrax 社による顧客満足度ランキングで世界のベストエアライン第6位に選ばれました。現グループCEOである鳥取三津子氏は、客室乗務員としてキャリアをスタートさせ、JAL初の女性CEOとなりました。

JAL-AI Reportは、MicrosoftのAzure AI FoundryとPhi-4 SLMを活用して開発されています。

LLMは高度な推論や分析が必要な複雑なタスクに適していますが、SLMはシンプルなタスクに特化し、クラウドに接続せず、デバイス上で動作できます。

A tablet held in two hands with the JAL AI-Report app on screen.
日本航空が開発する、地上スタッフへの引継ぎが必要な機内の事象を客室乗務員が報告するためのAI搭載アプリ、JAL-AI Report。写真: 林 典子

また、SLMは少ないデータで学習できます。Fujitsu Kozuchiを通してPhi-4を提供している富士通とともに、このプロジェクトのシステムインテグレーターであるHeadwatersに所属するAIエンジニア、池内隆人氏は、「JAL-AI Reportでは過去の業務引き継ぎレポートを基にAIをファインチューニングしています」と説明しています。

このアプリの最終的な目標は、機内や電波の届きにくい屋外のランプなどの環境でも利用できるようにすることです。

A man in a dark suit stands by a window.
日本航空の生成AIの取り組みを推進する山脇 学氏。写真: 林 典子

JALがPhi-4を採用した理由について、JALのシステム管理部門でセキュリティ企画を担当し、生成AI導入を推進する山脇学氏は「機内にはWi-Fiがありますが、一部のエリアでは接続が不安定なことがあります」と説明しています。

機内業務を支えるテクノロジー

JALに客室乗務員として35年前に入社した鵜飼多香子氏は、世界中のさまざまな人々と出会い、会話を楽しむことが好きだと話します。

航空業界は年々変化しています。LCC(格安航空会社)の台頭により、乗客はJALのようなフルサービスキャリアにより多くを期待するようになったと彼女は言います。「お客さまの期待を超えるサービスをどのように提供するかが、今の課題です」と鵜飼氏は話します。

「以前は、乗り継ぎのお客さまに関する情報を、口頭で次の便の乗務員に伝えることもありました。しかし今では、タブレットを使って正式な報告書を作成し、次の便の乗務員や地上スタッフと情報を共有する必要があります。」 

鵜飼氏は現在、JALのEX企画グループの一員として、客室乗務員の視点を活かしJALのDX推進に取り組んでいます。 

これまでは、何か引き継ぎが必要な事象が発生した時、先任客室乗務員がタブレットのテンプレートに沿って業務引き継ぎレポートを作成していました。テンプレートには、自由記述欄があり、何が起こったかを時系列で詳細を打ち込みます。そのためには、担当乗務員や該当する乗客へのヒアリングも必要です。

A woman in a flight attendant’s uniform stands in an airplane aisle.
羽田空港の日本航空訓練施設での客室乗務員 鵜飼 多香子氏。写真: 林 典子

鵜飼氏は「お客さま対応で頻繁に作業が中断されるため、一度にすべての作業を終わらせるのは難しく、何度も修正が必要になることもあります」と話します。

JAL-AI Reportでは、報告の種類(医療、 運航便の大幅遅延など)や状況(腹痛、発熱、整備など)をチェックボックスで選択し、箇条書きで「発熱」「座席」「座席を移動し、横になって休んでいただいた」「受診希望」など簡単な入力で記録できます。

 医師の対応が必要だったか、機長や地上スタッフに報告されたかといった必ず報告すべき内容もAIが問いかけ、報告漏れを防ぐことができます。 

入力が完了したら、ボタンを押すだけで引き継ぎレポートが生成され、英語への翻訳も即座に生成されます。

鵜飼氏によれば、このアプリを活用することで、報告に必要な時間は例えば最大で1時間から約20分程度に短縮できたりするようになるのではないかと言います。

報告の質の向上 

JALが1日に運航する約1,000便のフライトのうち、引き継ぎが必要な事象が発生した場合には、対応内容を報告するためのレポートが作成されると山脇氏は言います。これらの報告は、安全管理部門、カスタマーサービス、その他の地上スタッフなど、関連する各部門に共有されます。

JALのシステム管理部門でセキュリティ企画を担当する山脇氏は、機内での電子機器の活用が広がるにつれ、その業務範囲も拡大してきたと話します。ソフトウェアのセキュリティから機内エンターテインメント、Wi-Fi、そして現在は生成AIまで、その範囲は年々広がっています。

現状、求められるレポートよりも多くを記録しようとする客室乗務員もいるため、JAL-AI Reportは、時間短縮だけでなく、報告の質の向上にも寄与すると山脇氏は期待しています。

Two women in flight attendant uniforms chat with each other while walking with roller bags.
羽田空港での先任客室乗務員の田中 麻耶氏と鵜飼 多香子氏。写真: 林 典子

3月末までに概念実証(PoC)を完了する予定ですが、その後の課題はオフライン環境での安定動作を確保することだと山脇氏は言います。

山脇氏は、将来的には、JAL-AI Reportが客室乗務員や乗客から、口頭で説明を受け、その情報を書き起こして要約し、レポートが作成できることを目指しています。

「音声対応の高度化が優先事項です」と山脇氏は述べています。

JAL-AI Reportは、2023年半ばから展開されているJAL全体での生成AIの一部です。現在、JALグループの全従業員約36,500人が、Microsoft Azure OpenAI プラットフォーム上のJAL-AI Homeにグループ化されたAIツールを利用し、電子メールの下書きや文書の要約、翻訳などの事務作業を行うことができるようになっています。

JALは、「生成AIをビジネスの中心に据え、オペレーションや顧客サービスの変革をもたらす機会を捉えている」、と鈴木氏は話します。「AIと人間が一緒に働くことを楽しみにしています。」

冒頭の写真: 先任客室乗務員の田中 麻耶氏が、羽田空港の日本航空訓練施設で JAL-AI Reportをテストしている様子。写真: 林 典子

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